納得できないことを拒否すると異端児扱いされる社会は息苦しい


foggie

このブログでは”もやもやする話”として、社会生活で一度は首をかしげる理不尽ななことを取り上げていますが、それらを突き詰めていくと「なぜみんな理不尽だと思っていても声を上げようとしないのか?」という疑問に行きつきます。

サラリーマンの服装

エンジニアにスーツ着用を求める会社でも取り上げましたが、スーツを着用することが合理的な職種はさほど多くないと思います。

わかり易いところで言えば、営業職、公務員、講演者、、、あまり思いつきません。人前に出る仕事とか、人と会う仕事(営業)ぐらいでしょうか。

なので一般企業の内勤職(管理部門系、社内業務系)でスーツを着用する合理性はあまり無いでしょう。事実、内勤職種で働いている人にも「なんで外部の人に会う訳じゃないのにスーツ着なきゃならないの?」と疑問に感じている人は少なくありません。

でも、このことに声を上げようとする人は少ないです。

「内勤職種でスーツを着用する合理性は無いけどなんとなく社内がそういう雰囲気だし、前々からスーツ着用が暗黙のルールだった」「確かに変えて欲しいけど、自分が率先して声を上げるのはイヤ。だって査定に響くし」と思っている人がほとんどです。

もちろん小洒落たスーツを着ておしゃれしたいサラリーマンもいるでしょう。そういう人はスーツを着ることには合理性があります。本人が着たいのですから。

一方で、なんとなく会社がそういう雰囲気だから仕方なく着ているという人も多いです。いや、半分以上はそうではないでしょうか。サイズの合ってないワイシャツによれよれのスーツ、餃子のような靴を履いて、手にはスポーツ新聞一つか文庫本1冊だけ。

こういう人は最早スーツを着ていることに疑問は感じず、今更を変えようとか思わないのでしょう。まさに社畜状態です。

総じて、昔から「なんとなく」続けていることに対して薄々おかしいと感じながらも、自ら声を上げて変えようとはしない。僕が最も嫌いな社会の一面です。

一番最初に入社した会社は従業員が1500人以上在籍していたいわゆる大企業でしたが、このように合理性が無く、ただ昔からの流れで続けている習慣がたくさんありました。

朝礼もその一つです。

毎朝、始業時に部全体で朝礼をやるのですが、毎朝始業時にやらなければならない理由が全く無いミーティングでした。実際、毎日同じようなルーティンを繰り返し「連絡事項はありませんか?無かったら終わります」を皆だるそうな顔しながらやるのですから、顔を合わせてやる意味は無くメールで十分事足りる内容です。

僕が「毎日同じように”連絡事項があるかどうか”を確認してますけど結局無いのであれば、朝礼は廃止して掲示板連絡かメール連絡にしたほうがいいんじゃないですかね?」と提案したところ場が一瞬で凍り、後で朝礼発案者の部長にこっぴどく怒られました(笑)。きっと彼の面子を潰してしまったのでしょう。

労働組合の押し付け

労働組合の選挙活動もうっとうしかった。

僕が社会に出た80年代末は、社会党(現:社民党)は今よりもずっと元気があって、自民と対抗し得る唯一の野党でした。社民党の支持基盤は企業の労働組合なので、選挙が近づくと組合の職場委員が社民党の支持者名簿を得るために社員一人ひとりから自分とその家族の名前を書いて提出するよう求められました。

入社して間もない頃は「そういうものなのかなぁ」と思って職場委員の言う通りに名前を書いて出していましたが、だんだん労働組合が支持する政党のために、社員の思想や政治信条を無視して支持者名簿への署名を要求することに違和感を覚えるようになりました。

周りは「自分自身は社民支持じゃないけど、組合が適当でもいいから出せ出せうるさいから適当に名前書いて出した」という人が大半でした。でも僕はそれもなんか納得が行かない。「私、(    )は、社会党の○○○○を応援しています!」のところに名前を書いて出して!と言われても、その○○○○さんの政治信条や公約は僕の政治信条と合わないので、名前を書くことに物凄い抵抗感があったのです。

組合の専従職員は「そんなに重く考えなくてもいいよ、当日投票するところまでは強制していないんだから」とは言うものの、そのカッコの中に自分の名前を書くということは自分自身に嘘をつくことになるような気がするのです。そんなのに僕の名前を書きたくない。

自分に嘘をついてまで社民党推薦者を応援することは出来ないので、それ以降は選挙時期の組合の選挙活動には一切協力しないことにしました。

会社の労働組合もその上部組織(電機連合?)から選挙の応援方針が上意下達されるのでしょう。それはかなり執拗な支持者名簿の回収でしたが、何度か断っている内に僕の信条がわかったようで、ある時点から無理に食い下がることは無くなりました。

そのときに仲の良かった組合職場委員の同僚に聞いたところ、支持者名簿を出さないのは長期出張者とお前ぐらいだと。しかも明確に拒否しているのはお前だけ、と聞いて背筋がゾっとしました。

従業員が1500人以上で管理職を除いた組合員は1200人以上いる会社なのに、明確に断っているのが僕一人。他の1200人が全て組合推薦の候補者を支持しているはずがない。とすると、大多数は自分の信条と違うのに、組合との関係に波風立たせたくないがために適当に対応していたということになります。

僕は、僕以外にも同様に断る人間が何人かはいるだろうと思っていたのですが、自分以外いなかったところにゾっとしたのです。

組合と対立してもメリットが無いので自分の信条は置いといて組合の気が済むように対応するのが大人なのか、自分の信条に基づいて行動することが大人なのか。

僕は後者を選択しました。ただ、後者を選択する人間にとっては大企業は居心地が悪いところです。

僕の価値観

僕の価値観は非常にシンプルです。

それが合理的かそうでないか。これだけです。

原則、合理的であれば取り入れるが合理的でなければやらない(やりたくない)です。

例えば内勤職種でスーツを着ることが合理的でなければ着たくないですし、内勤職種でも購買部門とか人事部門で外来者と頻繁にあう職場であればスーツを着ることが合理的なのでそれに従うでしょう。

前任の部長が取り入れた朝礼が形骸化しているのであれば、朝礼をやる意味がありませんし、一方でデイリーで共有する情報があるとか、朝礼で当日の作業をメンバで共有する必要があるのであれば朝礼は意味があるわけです。

僕がもやもやを感じるのは、従来のやり方を疑問に思わず、従来のやり方をただ踏襲することや、みんな”おかしい”ことに気付いているのに声を上げないこと。自分以外の誰かがやってくれないだろうか、という保身の心なのです。

これからも世の中のもやっとすることについて取り上げていきます。