無農薬だからおいしい?それ、気のせいですよ


最近は健康志向の高まりから、無農薬の野菜や無添加の食品の人気が高まっています。

TVやネットなどで

「無農薬で育てられた野菜なので、と~っても美味しいんですっ!!」

とか

「無添加なのでとっても美味しいんですよ~」

なんて紹介されて、つい「美味しそう!!」なんて言っちゃってませんか?

冷静になってよーく考えてみてください。

”無農薬”であることと”美味しい”ということは全く関係ないです。

”無農薬”と”美味しい”は別の問題

mutenka

冷静に考えればすぐに気づくレトリックです。

無農薬で作られた野菜は体にとって安全ですが、美味しいかどうかはまた別の問題です。

×「無農薬で栽培された野菜なので、とっても美味しいんです!」

◎「無農薬で栽培された野菜なので、体に優しいんです!」

ですね。

もし「無農薬で栽培された野菜なので、とっても美味しいんです!」と言いたいのであれば、「無農薬で栽培された野菜」と「とっても美味しい」の間にもう一つ情報が必要なはずです。

例えば、「過剰な栄養素をもっていない火山性土壌だから(美味しい)」というならまだ判ります。(いや、火山性土壌が本当にそうか知りませんよ。あくまでも例ということで)

でもそういった情報がなくて、なんとなーく意味がありそうな言葉を並べられると勢いにつられちゃいますよね。

”無添加”と”美味しい”も別の問題

wine

似たようなレトリックに「無添加だからとっても美味しい!」というのがあります。

これも落ち着いて考えてみれば気づくはずなんですが、「無添加」であることと「美味しい」ことは別の問題です。

例えば、ワイン。

流通しているほとんどのワインには酸化防止剤が添加されています。

これはコルク栓を通じて僅かに出入りする酸素によってワインが酸化することを防ぐために加えられています。

ワインの世界的産地であるフランスでは、品質を安定させるためにほぼ全量に添加されていますが、添加量は日本の食品衛生法の基準値の1/10以下で味にはほとんど影響が無いと言われています。

添加物が体に良いか悪いかの議論はここではしませんが、酸化防止剤は少なくとも味には影響しません。

最近は健康意識の高まりから「酸化防止剤無添加のおいしいワイン」と銘打った国内メーカーの商品もよく見かけるようになりました。

恐らく輸入ワインとの差別化を図るために「酸化防止剤無添加」を前面に出しているのだと思いますが、酸化防止剤は味に影響しないので「美味しい」かどうかは酸化防止剤が「無添加」であることと何ら関係がありません。

“天然由来”だから体にいい?

organic

「”天然由来”だから体にいい」というコピーもよく見かけますが、”天然由来”だと、オーガニックだと”体にいい”のでしょうか?

天然のものは古来から使われてきたものだから化学合成したものと比べて体にいい、という理屈です。

しかしよく考えてみると、天然由来の成分でも毒になるのもあれば、薬になるものもあります。

天然のウルシは人間の皮膚につくとかぶれますし、毎年梅雨の時期になるとアジサイの葉による食中毒のニュースがお茶の間を騒がせます。

一方で、漢方薬や生薬などは天然由来の成分を抽出して薬としてつかっています。これらは特に化学合成せずとも、天然由来の状態で毒にも薬にもなるわけです。

つまり”天然由来”だから必ずしも”体にいい”わけではありません。

言葉のレトリックに騙される人

物事を論理的に捉える”論理的思考”が出来ない人ほど、こういった言葉のレトリックにひっかかりやすいです。

論理的思考が苦手な人は十中八九、数学が苦手な人が多いように思います。

よく、

「数学なんか四則演算以外、社会で何の役に立つのか?」

「別に研究者や学者になるわけじゃないのだから、数学なんて不要」

「社会に出てから2次方程式の解の公式とか一度も使ったことがない。だから数学なんて無駄だった」

ということを耳にすることがありますが、これは数学のほんの一面しか見ていない意見です。

学校で数学が必修なのは物事を論理的に捉えて思考する力を養うことに他なりません。

というかこれ以外に理由が無いです。

数学を学ぶということは、物事や事象を数式や論理を使って抽象化する能力を獲得することです。

ローン返済の金利支払分を計算するのに、冷静だろうが頭に血が上っている状態だろうが、答えは一つしか無いですよね?

数式や論理には感情が入り込む余地がないので、数学的思考力は感情に流されて物事の本質を見失うことを避けることができます。

二次方程式の解の公式だとか三角関数だとかベクトルだの集合だの、これらは”物事や事象を抽象化する”ための単なる道具です。

これらの”道具”の使い方を学ぶことは、物事を論理的に説明・証明する力が自然と鍛えられ、それが論理的思考の下地を支えています。

学生時代あんなに苦手だった数学は、実は世の中の嘘や欺瞞を見抜くのに非常に役に立っているのです。