最近、驚いたこと。
XだったかThreadsだったか忘れたが、
一晩寝ただけで顔は汚れませんよね?
という投稿を見て、頭がクラクラしてきた。
当然、コメントには
というコメントが並んでいた。
するとコメ主が返信の返信で
と反論していたが、
とぶった切られていた。うまいな。
この話は、単に親に「顔を洗うということはね…」と教えられなかったと捉えることもできるが、しかし物事の本質を考えれば容易に想像がつきそうなものではある。
私も親に「朝、顔を洗う」ことの意味を教えてもらったことはないが、起きがけにまつげに目ヤニが付いていれば、顔を洗って落とすのが一番効率がいい、ということは普段の生活から自ずと理解していた。
生活上の勘違い
若者に限らず、日常の生活で勘違いしていることは少なくない。
いくつか例を挙げてみよう。
湯船は汚れを落とす場所、という勘違い
「シャワーで汚れは落ちるから、わざわざお湯に浸かるのは時間の無駄」という人がいる。
しかし湯船に浸かる本来の目的は「汚れ落とし」以上に、自律神経の調節と深部体温のコントロールである。
お湯に浸かって一度体温を上げることで、数時間後に体温が下がるタイミングで深い眠りに入ることができる。
気温が高くなると、ついお湯を張るのがおっくうになってシャワーだけで済ませてしまうが、真夏でも温泉宿に宿泊すると気分がかなりリフレッシュされることを考えると、湯船に浸かるのは単なる汚れ落としではないことがわかるだろう。
週末の寝だめで寝不足をリセットできる、という勘違い
「平日は4時間睡眠だけど、土日に12時間寝れば、1週間でみれば睡眠は取れているよね」という勘違い。
睡眠は単なる「身体の休息」ではなく、身体を修復する時間である。
日中に披露した筋肉、細胞を修復するのが「睡眠」である。
睡眠時間が少ないということは、修復が終わらないまま、翌日の活動が始まることになる。
「週末に睡眠時間(修復時間)を増やすのだからよいのでは?」と思うかもしれないが、人間の身体はそんなに都合良くできていない。
私も若い頃は、平日の日中は仕事、夜は飲みにいって2~3時に帰ってくる、飲みに行かない日はゲームや映画で就寝はいつも2時以降、休日は寝不足を補うかのように、いつも昼過ぎに起きていた。
自分では一週間のトータルでは睡眠時間を確保しているつもりだったが、なんとなくいつも身体がダルい…という毎日だった。
そんな「疲れ」が抜けないことを、加齢のせいだと思っていた。
しかし、結婚してからというもの、休日も遅くても9時ぐらいには起きて、夜は12時には寝るようにしたところ、朝、スッキリ起きられるようになった。
独身の頃は、休日に8時に起きるなんて考えられなかったが、よく考えてみれば、日によって寝る時間と起きる時間がバラバラでは、身体への負担が大きくなる。
寝る時間と起きる時間を、平日も休日も同じ時間にすると、身体への負担が大幅に減って身体が楽になるのだ。
「なんとなく疲れが取れない」「いつも身体がダルい」という人は、夜更かし~朝寝坊な生活ではないだろうか。
野菜ジュースを摂ればサラダは食べなくてもいい、という勘違い
「成分表にビタミンが入っているから、これで野菜摂取は完了」という考え方。
これも大きな誤解だ。
市販のジュースは製造過程で食物繊維が取り除かれていることが多く、咀嚼による満腹中枢への刺激もない。
野菜を摂取する大きな目的は、ミネラルやビタミンの補給と、腸内の善玉菌のエサとなる食物繊維の補給である。
また、野菜ジュースは飲みやすくするために、甘みのあるフルーツが入っている場合が多い。
果物の甘みは果糖なので、空腹時に飲むと血糖値が急上昇することが知られている。いわゆる血糖値スパイクである。
ペットボトルで売られている野菜ジュースを、「健康のため」と水代わりにグビグビ飲んで糖尿病になる、という笑えない話もある。
比喩を比喩として受け取れない人
生活上の勘違いはまだかわいいものだが、最近は比喩を比喩として受け取れない人が多い印象だ。
記憶に新しいのは、高市総理が就任演説で「働いて働いて働いてまいります」と決意表明した演説内容を、「まるでブラック企業だ」「国民に過労死を強要するのか」といった批判である。
演説の文脈を見ればそんなことを言ってるわけではないことは明白なのだが、比喩を比喩表現として受け止められないと、こういった批判になるのだろう。
もっと前には、柳澤伯夫厚生労働大臣(当時)が少子化問題について語った際、「15歳から50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人の方に頑張ってもらうしかない」という趣旨の話をしたことが大きな批判を生んだ。
これも、発信者側は統計的な話をしているのに対し、受取り側は「人間を機械のように扱うとはとんでもない」と感情のほうが論理を上回った。
私は当時の発言を聞いていたときは、統計的な話をしている文脈なので「生む機械」は明らかに比喩であることがわかったが、そう捉えられない人がいる、ということに驚いたものである。
英語でも同じような比喩がある。
トランプ大統領が2016年の大統領選中のキャンペーンで、中国との貿易赤字や商習慣に対してこんな言い方で批判していた。
この”China is getting away with murder.”を、日本のメディアは「トランプは「中国は殺人を犯して逃げている」と、対中貿易赤字を殺人になぞらえている」と報道していた。
“China is getting away with murder”は直訳すれば「中国は殺人を犯して(捕まらずに)逃げている」だが、これは英語の慣用句で「(捕まらずに)うまく逃げ切っている」という意味だ。
当初は単なる誤訳としてかたづけられたが、”get away with murder”は大学入試レベルの英単語帳にも記載される、ごく基本的な慣用句であり、それを外電を扱う報道部デスクが知らないはずがない。
もしこれを誤訳する翻訳者がいるとすれば、その人は英検準1級にも届いていないレベルだろう。
そう考えると、この誤訳は意図的に行われたものであり「過激な発言を繰り返すトランプ」「狂信的なトランプ」というイメージを植え付けたい、日本メディアのアングルが透けて見える。
世の中には、単に「比喩を比喩として理解出来ない人」が存在し、その後ろにはそういった人達を利用して炎上させるメディアがいる、という構図が現在のSNS社会である。
しかし、比喩が比喩として通じなくなってきた世の中は、本当に世知辛い。

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